「モンゴルカレッジ」の質疑応答コーナーでは皆さんからたくさんのご質問をいただきました。講義時間内で取り上げられなかった質問に対し、4人の先生方から後日ご回答をいただきましたので、この場で公開いたします。講師の先生方には改めて深く感謝申し上げます。
モンゴルカレッジ1日目(Q&A)
中央大学商学部特任教授、元モンゴル国駐箚特命全権大使
テーマ:日本とモンゴル〜過去・現在・未来
Q:モンゴルの若者たちへアドバイスをくださいませ。<質問者(以下同):社会人>
A:司馬遼太郎先生が語っていた、「モンゴル人がモンゴル人の魂を忘れない限り、世界を照らす国になる」、という言葉を送ります。彼が、モンゴル人の魂をどのように考えていたのかは、逝去された今となっては分かりません。
私なりの考えは、進取の気質を持ち好奇心にあふれ、常に異文化への関心を持ち続け、世界を動かしていこうとする前向きな魂ではないかと思います。
そのようなモンゴル人の魂を忘れずに、しかし、モンゴル人特有の自分中心的な考え方を抑え、自国の置かれた厳しい環境を客観的に理解し、その上で自分自身がどうやってモンゴルのために貢献できるかを考えてほしいと思います。
先ずは、自分自身が人に頼らなくても生きていける生計の道を確立することが必要です。自分が食べてもいけないないのに、他人や国家のために働くなんてことは考えられません。自分自身が幸せになることです。その上で、他の人の幸せのため、国家の繁栄のため、あなた自身の経験を他の人に分け与えてください。
そのような人物になる上で必要なことは、謙虚であること、努力する人間であること、人に対し思いやりを持てる人間になることです。人の成功を羨み、足を引っ張ることが多いモンゴル人社会で、人の成功をたたえ、そこから学ぶ者は何かを考えられるような、そんな心の大きな人になって欲しいと思います。
中央大学経済学部教授
テーマ:モンゴル国の草原は砂漠化しているのか?
Q1:他の遊牧している国と比較した研究をしていますか?
A1:残念ながら、私自身はモンゴル以外の国を研究対象としていませんので、他国との比較もしていないのですが、米国Rutgers UniversityのEarth Policy Instituteが、次のウェブページで各国の家畜数の変遷を載せているのを見つけました。
http://www.earth-policy.org/data_highlights/2011/highlights14
パキスタンやナイジェリアでもヤギの増加が目立っているようです。もし良かったら、見てみてください。
Q2:ヤギの草の食べ方についての情報はありますか?
A2:一般社団法人 地球緑化クラブのウェブページに、ヤギに関する記述がありました。
http://www.ryokukaclub.com/kaigai/kubutigenin1.html
モンゴルカレッジ2日目
北海道大学スラブ研究センター21世紀COE研究員、一橋大学、亜細亜大学、芝浦工業大学、青山学院大学非常勤講師
テーマ:バス料金とホーショールが1トゥグルクだったころ~民主化直後のモンゴルから今のモンゴルへの変化を考える~
Q1:広場からチョイジンラマ寺院までのエリアが風水で大事な場所だと聞いて面白かったです。モンゴルにも風水の考え方があるのでしょうか?<日本人>
A1:風水の考え方は、20世紀の中頃までは強く残っていたようです。その考え方がなくなって、社会主義が終わった後、龍脈(※)などを考慮せずに建物が建てられていったことで果たしてどのような影響が出るのかはとても不安です。まあ、当たるも八卦当たらぬも八卦なのかもしれませんが、こういう時は、担げるだけの縁起は担いだ方がいいようにも思います。
※龍脈(りゅうみゃく)=風水用語の一つ。大地の気は山の尾根伝いに流れると考えられている。その流れが龍のように見えることから龍脈と呼ばれる。(ハワリンバヤル実行委員会追記)
Q2:(先生が赴任した1990年代前半の)政府状況はまだ安定していなかったのですか? スフバートル広場でデモとかありましたか?<日本人>
Q2:スフバートル広間で目立ったデモがあったのは民主化の時で、先生たちのストライキの時には政府庁舎前でのストライキはなかったように思います。ただ、スフバートル広場も今のように整備された状態ではなく、ところどころアスファルトが割れていて、そこから草が生えているようなメインテナンスの行き届いていない状態だったように思います。
Q3:1992年当時、電話などモンゴル人との連結はどのようにしていましたか?<日本人>
A3:電話はほとんど普及していませんでした。あるのは職場などだったので、勤務先の高校の門番のところにある電話を使わせてもらったのを覚えています。ちなみに、電話料金は月の定額制なので、長電話している人たちも多かったような。あと、一つの電話番号を二つあるいはそれ以上の家庭でシェアするということも行われていました。モンゴル語では「サラー」と言い、電話をかけた相手が、「サラーです」と言ったら、一度電話を切ってもう一度かけ直す。で、長く出ないと、また同じ人が出て、「どうやらいないようだよ」というやりとりもずいぶんあったように思います。携帯電話を持っていませんでしたから、突然友人がやってくることもあったし、突然訪ねるということもよくやっていたように思います。それでも、鷹揚に歓迎してくれ、さらに食事まで出してくれる、そういうモンゴル人をすごいなあと思ったことは何度もありました。1995年以降になると、困窮して食事を出してくれない家庭もありましたが、1992年あたりだと、結構、出すのが義務であるかのように思っている人ばかりで、急いでいるからと、お茶も飲まずに出ていこうとすると怒られた、そんな経験を何度もしました。ある種遊牧民の伝統として突然の来客を歓迎する、そんなものがまだ残っていた時代だったように、振り返ると思えてきます。電話とは関係ない話をずいぶんしてしまいました。お許しください。
Q4:日本人が現地の給与で働くのはとても大変そうだと感じました。やはり、あまりお勧めではありませんか?<日本人>
A4:なにしろ、その当時は中学校の先生の給与は8ドルでしたからね。ホーショールやボーズもずいぶん安かったように思いますが。他の日用品とか買うと足が出ました。結局のところ、ずいぶん自分が持ってきたお金を使ったと思います。まあ、調査のつもりで入ったので、それはそれ、僕は気にしませんでしたが、給料でやっていける状態ではなかったですね。今はどうだかわかりません。ただ、モンゴルの人たちを見ていると、どうにかやりくりしているのかなあと思ってはいます。一生住み続けるなら覚悟は必要だと思います。それはモンゴルに限らずどこでも同じかもしれません。当時のモンゴル人に皮肉っぽく「限られた年月だけそこで過ごすというつもりなら、それは『冒険』でしかない。そこに住み、そこから出られない人にとってはその地獄が日常でも、君はいつか出ていくのだから、いいよな」と言われたことは、そこはかとない罪の意識と共にはっきりと記憶に刻まれてます。
Q5:1990年代のモンゴル人の性や価値観と現在のモンゴル人の性格や価値観で何かが変わった所があると思いますか?<モンゴル人留学生>
A5:性に関しては現在の様子がわからないのですが、性というか、遊牧民の家に行ったら、こいつはお前にやる、みたいに自分の娘をあてがおうとした親がいたのはとても複雑な感情を呼び起こしたことを覚えています。その当時の社会状況がそう言わせたとも思えるのですが、3月に大阪で見たドイツ在住のモンゴル人映画監督ウイセンマーさんの『ブラックミルク』でも同じような状況で、女性の地位の問題を扱っていたので、もしかしたら変わっていないのかなとも思ったりします。1992年で思い出すのは、当時学生結婚が当たり前で、22歳位までに結婚できる相手がいないとかなり焦っていた女性もいたことです。結婚年齢もずいぶん上がったと思いますし、結婚に関する考え方はずいぶん変わって、昔よりゆったり構えられるようになったのではないでしょうか? 印象を語るような形になりましたが、こんなことを感じています。
――感想――
時代ごとに比較してあるのを聞いてとても懐かしいです。また今後とも宜しくお願いします。<モンゴル人、ヤダムオド>
A:こちらこそ、昔語りをできる相手がいればいろいろとお話したいですね。
東京都立大学大学院人文科学研究科専門研究員
テーマ:現代モンゴルの乳文化ー西モンゴルの乳製品づくりから
Q1:シミンアルヒは、馬乳を搾らない地域だけでつくられるのでしょうか?<日本人>
A1:馬乳を利用する地域でも、馬乳とは別に、ウシやヤギ、ヒツジの乳を利用してシミンアルヒをつくっています。
Q2:シミンアルヒはウォッカよりアルコール度は低いのですか?<日本人>
A2:ウォッカは40度近くありますので、シミンアルヒのアルコール度数(5~10度)はそれよりもだいぶ低いです。
Q3:乳製品の話をありがとうございます。バヤンウルギーでシミンアルヒを大切に振る舞われたことがあります。一方結婚式に参加した時には、ウォッカをたくさんいただきました。シミンアルヒは大量に作れないのですね。<日本人>
A3:宴の席でシミンアルヒよりもウォッカを沢山ふるまうというのは、シミンアルヒが希少だから、という理由もありますが、ウォッカが安価で大量に手に入るものになったので、 宴でふるまう酒の量が増えたということもあると思います。
私が調査していた地域では、結婚式の宴の際も、重要な儀礼として最初の1〜2献は必ずシミンアルヒをふるまっていました。
Q4:モンゴルでシミンアルヒを飲みたい時は、どうすればいいですか?<日本人>
A4:牧畜民のお宅を訪問したときに頂くという幸運な機会に恵まれることを除けば、ローカルな市場の乳製品売り場にいって聞くと、売ってくれる場合があります。最近は輸出も視野に入れたシミンアルヒの製造販売も出てきたようです。
Q5:現地に行って協同しながら研究を行っているとおっしゃいましたが、このような情報を得られるにはどれぐらいかかりましたか?<モンゴル人留学生>
A5:フィールドワーク1年目には、乳製品づくりの様子を見ても詳しいことは分からず、仕事を手伝わせていただいても失敗ばかりでした。2年目からは自分でも作業の意味を理解して、いろいろと質問をしながら乳文化について調査をすることができました。
基本的にはホストファミリーとその親戚の家族を中心にいろいろなお話を伺うことが多く、日常生活の中で学んでいきました。
Q6:とても面白かったです。味見をする機会がないのが残念です。伝統的な皮袋での発酵が廃れてプラスチック容器利用が増えている理由はなんですか?<日本人>
A6:牛皮革製のものは、乳製品をつくらない時期にうまく管理をしていないと劣化してしまうので、替えるタイミングでプラスチック容器を利用し始めることが多いのではないかと私は考えています。
新しくアルハト(フフール)をつくるには、冬に屠畜したウシの皮を取っておいて、夏になめして、加工します。知識や技術が必要ですし、手間がかかります。
プラスチック容器は必要なときに手軽に入手できます。洗って使えるので衛生的だし、軽くて蓋を閉められるからキャンプの移動にも便利、という意見も聞いたことがあります。
ですが、アルハト(フフール)だからこそ酒造りがうまくいくと考える人もたくさんいます。蔵付き酵母、家付き酵母のように、アルハトに乳酸菌が住み着き、乳がよく発酵するんですね。
別の地域ですが「馬乳酒づくりにフフールを利用しよう」という伝統文化振興活動をしているNGOもあります。
この活動の成果もあって、2019年には「フフールでアイラグをつくる伝統的な技術と関連する慣習」がUNESCOの世界無形文化遺産のリストに登録されました。
Q7:長期間滞在調査したバヤド人のゲルの場所はどのあたりだったのでしょうか?オブス県ウランゴムを起点にモンゴル留学生の車で国境の岩塩地帯、およびオブス湖近くのゲルに泊まったことがあるのでお聞きしたいです。<日本人>
A7:いろいろ移動しているので、ゲルの場所というか滞在した郡の場所ということになりますが、位置的にはオブスノールとヒャルガスノールの間くらいです。岩塩地帯・オブス湖畔というのは、ダブスト郡のことですね。ちょうどオブスノールの対岸あたりにはたまに滞在していました。
Q8:シミンアルヒは特別な飲み物で、酌人が先ず、火の神、天の神に感謝を示すとのことでしたが、地の神には感謝をしないのでしょうか。モンゴル人とアルヒを飲むとき、必ず盃に薬指(?)を浸けて天の神、地の神に感謝を示すように、しぶきを飛ばしてお祈りをするのを見かけます。<日本人>
A8:今回は、婚姻儀礼での酌人(つまり飲み手ではない人)のふるまいについての説明でしたので、普段アルヒを飲むときとは異なる慣習について言及しました。儀礼の場で酌人が酒をふるまうときには、まず炉に、そして天に酒を献上してから、参列者にふるまいます。
ちなみに、火の神というのは、厳密には炉=家の神で、婚姻儀礼において重視されているのはもちろんですが、家飲みでウォッカなんかを開封したときにも、炉が出ていればまずそこに献上する場合もあります。
5月4日(2日目)のプログラムと視聴方法です(内容や放送日時は当日変更する可能性があります)。
5月4日(2日目)タイムスケジュール
13:30 モンゴルカレッジ3(ZOOM)
「バス料金とホーショールが1トゥグルクだったころ ~民主化直後のモンゴルから今のモンゴルへの変化を考える~」
荒井幸康先生(北海道大学スラブ研究センター21世紀COE研究員、一橋大学、亜細亜大学、芝浦工業大学、青山学院大学非常勤講師)
14:25 モンゴルカレッジ4(ZOOM)
「現代モンゴルの乳文化−−西モンゴルの乳製品づくりから」
寺尾萌先生(東京都立大学大学院人文科学研究科専門研究員)
15:13 モンゴル見聞録
モンゴル自然紀行〜湯浅雄相の見た世界
15:25 私たち日本で活動しています!
あたたかい心
AMJ
Mongolian Walker
15:35 モンゴル旅に出よう!
バーチャルハラホリン
夏のモンゴル・冬のモンゴル
15:48 紙芝居
「やまんば」松尾まさよ、ザヤ
16:00 子どもナーダム
16:10 子どもたちのモンゴル語教育
16:20 カシミアブランドファッションショー
NAURAブランドとカシミアファッションショー
ZURAブランドと着物のファッションショー
16:30 モンゴル相撲コーナー
時天空のお父様へのインタビュー
16:30 曲「私のお母さん(Minii eej)」
演奏・歌:麻宮百、廣田ゆり、宮原洋子
16:55 オリパラモンゴル応援団!
ホストタウン紹介
モンゴルスポーツ紙ゾゴラ氏の現地レポート
モンゴルオリンピック組織委員会副会長Ch. ナランバータル氏からのメッセージ
17:10 フィナーレ! 魅惑のモンゴル音楽
ホーミー:ボルドエルデネ
伝統舞踏:ホトル舞踊(ナランツァツァルグループ)とウリルズール舞踊(佐藤淳子)
モンゴル伝統曲:イフタタラガ
17:30 クロージングセレモニー
↓ オンラインハワリンバヤル視聴先 ↓
モンゴルカレッジ2日目(5月4日13:20〜15:10)
ZOOMのURL: https://bit.ly/3vkcDZP Meeting ID: 940 9644 6516Passcode: Haruma2021
ハワリバヤル2日目(5月4日15:10〜17:10)
YouTubeLive https://www.youtube.com/watch?v=4kT_QqenvKw
FacebookLive https://www.facebook.com/events/357525622421700
5月3日(1日目)のプログラムと視聴方法です(内容や放送日時は当日変更する可能性があります)。
5月3日(1日目)タイムスケジュール
13:00 オープニングセレモニー
ハワリンバヤル2021実行委員長よりご挨拶
駐日モンゴル国特命全権大使バトジャルガル閣下よりご挨拶
ハワリンバヤル2021実行委員会より開会宣言
13:20 魅惑のモンゴル音楽!
オルティンドー(長唄):アリウンツェツェグ
馬頭琴:バトオチル
伝統舞踏:ホトル舞踊(ナランツァツァルグループ)とウリルズール舞踊(佐藤淳子)
コントーション:ニニ
ホーミー&インタビュー:ボルドエルデネ
14:00 モンゴルに行ってみよう!
バーチャルハラホリン
夏のモンゴル・冬のモンゴル
14:10 モンゴル料理レストランで食レポ!
MJはうす
14:25 私たち日本で活動しています!
YAMOX
14:30 ファッションショー
NAURAブランドとカシミアファッションショー
ZURAブランドと着物のファッションショー
14:50 モンゴル音楽大好き!〜日本人篇
オルティンドー:伊藤麻衣子
ホーミー:ダルハンチン・村上宏治
馬頭琴:宮崎サルゲイ
モンゴル笛と馬頭琴体験:光井紀子
馬頭琴演奏:天馬の会
モンゴルの伝統曲:イフタタラガ
15:30 モンゴルカレッジ1(ZOOM)
「日本とモンゴル〜過去・現在・未来」
清水武則先生(中央大学商学部特任教授、元モンゴル国駐箚特命全権大使)
16:25 モンゴルカレッジ2(ZOOM)
「モンゴル国の草原は砂漠化しているのか」
中野智子先生(中央大学経済学部教授)
17:10 終了
↓ オンラインハワリンバヤル視聴先 ↓
ハワリバヤル1日目(5月3日13:00〜15:30)
YouTubeLive https://www.youtube.com/watch?v=1eD7oAtcb9E
FacebookLive https://www.facebook.com/events/488038312386923
モンゴルカレッジ1日目(5月3日15:20〜17:10)
ZOOMのURL: https://bit.ly/32NXzre Meeting ID: 973 6725 5191Passcode: Haruma2021
「モンゴルカレッジ」はモンゴル国を深く理解していただくことを目的とした講演会で、ハワリンバヤルの名物コーナーです。2006年に開講し、これまでたくさんの方々にご協力いただきながら貴重な講演会を実施してきました。
今年も素晴らしい先生方にご講演いただきます!
1日目は清水武則先生(中央大学商学部特任教授、元モンゴル国駐箚特命全権大使)と中野智子先生(中央大学経済学部教授)、2日目は荒井幸康先生(北海道大学スラブ研究センター21世紀COE研究員、一橋大学、亜細亜大学、芝浦工業大学、青山学院大学非常勤講師)と寺尾萌先生(東京都立大学大学院人文科学研究科専門研究員)です。
ZOOMでどなたでも無料視聴できます。大変貴重なお話をお聞きできるチャンスですので、皆さんぜひご参加ください!
ZOOMのURL: https://bit.ly/32NXzre
Meeting ID: 973 6725 5191
Passcode: Haruma2021
過去と現在の二国間関係を検証し、これからのモンゴルや両国関係の発展について必要なことは何かを外交関係樹立50周年(2022年2月)を迎える節目の時期に考える。
過去:過去の戦争の歴史と外交関係の樹立、モンゴルの民主化と日本の支援
現在:薄れゆく第三の隣国論と中国への傾斜、日本との交流の現実は?
未来:モンゴル発展への道(清朝時代への回帰か、真の独立か)、モンゴルの若者への期待と日本の役割、今何ができるのか。
<参考資料>
1) Т.Шимизү: Монголчууддаа хандаж хэлэх миний захиас
2) Шимизү: Чадварлаг ард түмэн яагаад ядуу байна гэдгийг бодох хэрэгтэй
3) 中央大学モンゴルゼミのインスタグラム:Mongolia_chuo
モンゴル国は乾燥・半乾燥地域に位置しているため、国土の80%が草原に覆われている。そのため古来より遊牧が営まれ、現在も基幹産業の一つとなっている。しかしながら近年、気候変動(地球温暖化)や家畜の過放牧によって、草原が劣化し砂漠化が進行しつつあるのではという懸念が生じている。そこで、モンゴル国で実際に起こっている現象を把握するべく気象、植生および家畜数のデータを解析した。モンゴル国では、過去40年の間に全域で気温が上昇し、中央部では降水量が減少していた。また家畜数は全域で増加し、特に首都ウランバートルの近郊で増加率が高かった。一方、地表の植生量が減少した地域は限られ、逆に増加した地域の方が多く、「砂漠化が進行している」という一般的な認識とは異なる結果が得られた。降水量が減少・家畜が増加している地域と植生が減少している地域は必ずしも一致しておらず、モンゴル国の草原の変化を改めて見直す必要があると考えられる。
ZOOMのURL: https://bit.ly/3vkcDZP
Meeting ID: 940 9644 6516
Passcode: Haruma2021
永いものでモンゴルとは30年以上の付き合いになってしまった。
モンゴルに日本語を中学校に教えに行ったのは1992年7月から1993年8月。その一年間での変化は、日本にいては味わうことができなかったものばかりであった。ハイパーインフレ、教師のストライキ、バス停に止まらないバス…今思えば、明日も今日と同じことが続くという社会観を大きく変えてしまったように思える。
その後、モンゴルは2004年から2005年までの滞在し、その後は年に2回頻繁に行き来する日々を過ごした。そして2020年、21世紀になって初めてモンゴルに行かない一年を過ごした。
1992年、2004年、そして現在、モンゴルは大きく変化していっている。そのころの話から、今に至るまでのモンゴルの社会の変化を、個人的な体験とともにお話してゆきたい。
モンゴルの乳製品といえば馬乳酒(guunii airag)が有名ですが、牧畜民たちは飼育する家畜の種類や気候に応じてさまざまな乳製品をつくっています。また、食文化や物質文化の変化によって乳製品のつくり方や利用方法も多様化してきました。
今回お話しするのは、モンゴル国の北西部に位置するオブス県に暮らす、バヤドと呼ばれる人たちのあいだで実践されている乳製品づくりについてです。かれらは、ウマを搾乳せず、馬乳を利用しないため、主にウシやヤギの混合乳で乳酒(airag)を醸造しそれをさらに蒸留した蒸留乳酒(shimiin arkhi)を中心に、さまざまな乳製品をつくっています。今回の発表では、この蒸留乳酒を中心とした乳製品づくりに、牧畜を営む世帯がどのように取り組んでいるのか、さまざまな伝統的慣習がどのように継承されてきたのか、それらがどのように変化しているのか等について、発表者が文化人類学的フィールドワークのなかで出会ったさまざまな出来事や調査資料からお話しします。
皆さん、こんにちは!
日本とモンゴルの交流を深めるために20年前から毎年開催されているハワリンバヤルが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響でオンライン形式にて行われます。テーマは「第20回 今だからモンゴル! ~知っているようで知らないその文化や暮らし~」。
モンゴルと日本の民族衣装ファッションショー、民族音楽演奏、コントーション、モンゴルレストラン食べ歩きレポート、バーチャルカラコルムツアー、モンゴルの1日など、モンゴルカルチャーの魅力を動画でお届けします! オンラインなので、日本全国どこからでも、もちろんモンゴルからもご覧いただけます。 視聴費は無料です。皆でオンライン上でつながって、モンゴルを楽しみましょう!
そして5月3日、4日の当日は、これらの動画コンテンツを流す合間に「10秒CM」を放送します。モンゴルに関わるビジネスやご活動をされている皆さん、「10秒CM」で取り組みについて宣伝して、日本における最大のモンゴル祭りの一部になりませんか? 詳細については以下をご覧ください。このチャンスをぜひお見逃しなく!
〜「10秒CM」の詳細〜
■モンゴルに関するビジネスや活動をされている、法人または個人が対象です。
■CM参加費用:1万円(税込) *5月3日、4日のハワリンバヤル本番中に「10秒CM」を2回流します。
■10秒以内の動画(スマホで撮影したものでもOKです)を、4月30日までに以下のアドレスまでお送りください。
10秒CMに参加希望の方、またはもっと詳しく知りたいという方はメールでお問い合わせください。よろしくお願いいたします。
問い合わせ・CM動画送り先:pamphlet.harumatsuri@gmail.com
ハワリンバヤル実行委員会
初のオンライン開催となるハワリンバヤルまで1ヶ月を切りました。現在、モンゴル人留学生が中心となって、日本人サポーターとともに準備を進めています。
今年はオンライン開催ということでパンフレットを作成しないため、例年のような広告出稿の募集を行っておりません。その代わりに、皆さまよりご寄付を募らせていただくことになりました。一口2,000円から何口でも、ご支援いただけましたら大変ありがたく存じます。寄付金は、動画コンテンツの作成費用など必要な経費にあてて、大切に使わせていただきます。
私たち実行委員会のメンバーは今回のオンライン開催について、在日モンゴル人留学生の先輩方が1998年前から続けてきたハワリンバヤルというユニークな取り組みを、日本全国そして世界の方々にも紹介できる貴重な機会だと捉えています。皆さまにより良いコンテンツをお届けできるよう、スタッフ一同頑張ってまいります。何卒お力添えのほど、よろしくお願い申し上げます。
ご寄付の詳細は下記をご覧ください。
一口:2,000円
振込先:三菱UFJ銀行小金井支店(普通)1010567
振込先名義:ハワリンバヤル ザイムブダイヒヨウ ツオグトサイハン エルヘムバヤル
問い合わせ先:pamphlet.harumatsuri@gmail.com
寄付の使用用途:動画コンテンツ作成など、オンライン開催において必要な費用にあてさせていただきます。
※ ハワリンバヤルは、ご寄付金に対する税制が優遇される特定公益増進法人ではございません。
「ハワリンバヤル」とは、モンゴル語で「春祭り」という意味です。
モンゴル国からの留学生が日本人のサポーターと共に実施・運営する日本で最大の祭りで、モンゴルの文化、芸術を紹介し、日本とモンゴルの交流を図るために開催しています。
第20回 今だからモンゴル! ~知っているようで知らないその文化や暮らし~
日本とモンゴルの交流を図ることを目的に、モンゴル国からの留学生が日本人サポーターと共に実施・運営する「ハワリンバヤル」は、2021年5月3日、4日の2日間、オンライン形式で開催することが決まりました。
日程:2021年5月3日(月・祝)、4日(火・祝)
時間:13時~17時(予定)
※時間は変更になる可能性があります。プログラムは近日公開いたします。
配信方法:YoutubeLive、FacebookLive、Zoomなど、プログラムによって使用
「ハワリンバヤル」とは、モンゴル語で「春祭り」という意味です。モンゴル国からの留学生が実施・運営する日本で最大の祭りで、モンゴルの文化・芸術を紹介し、日本とモンゴルの交流を図るために開催しています。
電話番号(日本語): 080 – 4004 – 6792、(モンゴル語):080 – 6852 – 5216
メール:pamphlet.harumatsuri@gmail.com